2017/04/18 14:31

先日のことである。

ワイフと2人でスーパーマーケットに食料を買いに行った(驚くべきことに僕もスーパーマーケットに行くのである)。


晩御飯をどうしようかと2人うろつく生鮮食品のエリア。

不意に僕の目に飛び込んできた

【牧草育ちのAussie beef】 500g

非常に肉厚な赤身が白いパックをベッドに横たわっていた。

ウルビーノのビーナスを思わせる。


「今晩、僕が肉を焼こう」

ワイフにそう告げた。

「あら、素敵ね」

ワイフが微笑む。

幸せな夫婦生活。


そしてキッチンに立った。

500gの肉片を300gと200gに切り分けフライパンを熱しながら、気持ちはルネッサンスからオーストラリアにことりっぷ。


オゾンホール、晴れ渡る空の下。

酷い熱線。

大草原を牛らしく走っている牛。

馬と猟銃で追い回す荒くれカウボーイ。

闇夜の焚き火と宴、ビールとギターとAussie beef。


そんなことを思い浮かべ、肉を焼いていく。

豪快な火あぶり。

料理の鉄人などの見よう見真似でフランベをしてみる。

思いの外、炎が高く上がりヒヤリとする。


ワイフの肉はウェルダンでサーブし、僕の分はレア状態で調理を完了させた。



一切れ口に含む。

嚙み締める度に口の中に肉汁が溢れる。

溢れすぎると言っても過言ではない。

どうやらこれは肉汁が赤すぎる。

肉は概ね焼かれていなかったのである!

レア以上のレア。

ラーメンの麺の茹で具合で言うところの粉落とし程度の焼き加減。


それでも肉と塩胡椒とビールの相性が僕を喜ばせた。

後半、食べきるのは苦痛にも思えたけれど充足的な夕食であった。


だが、胃の具合がおかしいと思い始めたのは食べ終わってからしばらくしてからのことである。

胃が落ち着かない。

一晩中、胸がむかむかして、胃がはちきれそうで、おとなしく横になるしかなかった。


やがて夢を見た。

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順調に育成され肥えた俺(牛)はやがて出荷された。

冷徹な刃物に切り刻まれた俺は細かい肉のパーツに切り分けられ、皮は革に姿を変えた。


スーパーマーケットの適切な温度の陳列棚。

パウチされた俺はあらゆる人々の手に取られ、やがて家庭の冷蔵庫に収納された。

数日のうちに調理され、人々の胃袋に飛び込んでいった。

こうして俺は人間の血になり肉となり、人間の一部になった。


そして、各地に出荷された相当数の人間になった俺が一斉に人への復讐を始めたのである。

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「ねぇあなた、大丈夫かしら」

ワイフに介抱されていた。


そして僕はハッとした。


そう、300gの肉片と21gの牛の魂が僕の胃袋を支配していたのである。

「ああなんてことだ!これは牛の呪いだ。魂だよ!うぅ…」

と呻きながら安定剤を飲み、僕は再びベッドに深く沈んでいった。

まさにトレインスポッティング状態。

それはそれはひどく寝苦しい夜であった。


そんな翌朝、事も無げにワイフが僕に尋ねる。

「あなた、もう牛の呪いは治ったかしら?」と。

幾分、軽くなった胃のあたりをさすりながら僕も自然に答えた。

「ああ、すっかりよくなったよ。牧草が食べられるくらいにはね」


なんて。



おわり

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