2016/10/12 12:43

安部公房の著作やファイトクラブに熱を上げていた20歳当時の僕。
その小説の影響を受け、軽率な反資本主義みたいな気持ちを胸に宿しつつ、僕はファストフード界の権化であるハンバーガー工場でアルバイトをしていた。
そのハンバーガー工場で起こった事件を一つ。

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ある日曜日。
昼に差し掛かろうかという時分。

我らがハンバーガー工場に夥しい人々が大挙として押し寄せた。
そう、この日はビッグバーガーの特売日である。
11時を過ぎたあたりから4台の販売カウンターは既に長蛇の列列列列。
厨房でもスタッフが各々のポジションにつき、僕はビーフパティを焼くポジションに配属された。
2-30秒で9枚焼けるプレート2枚と鉄のヘラ。
それが僕の装備品だった(しかし、これは特別な装備品でなく通常通りのプレートである)。

販売カウンターのスタッフがスムーズであればあるほどカウンターの回転率はあがるが、
その分のオーダーが厨房に流入し、結果的に厨房がパンクしてしまう。
そうならないように厨房とカウンターのハブとなり、
場の流れを取り仕切るのがアルバイトマネージャーの*小男宮下だった。

日々、お客様を待たせてはいけないと教育されているカウンタースタッフは我田引水の如くお客様を誘導する。
厨房内のモニターにビッグバーガーや各種ハンバーガー、サイドメニューが容赦のない速度で次々に映し出される。
それでも、なんとかオーダーを処理していく厨房スタッフ。
僕も的確なピッチで9枚のビーフパティを焼き上げ、そのストックをぎりぎりで維持していた。
一進一退の攻防戦。
しかし、次第に押し寄せる人の数は増し、ドライブスルーも渋滞状態である。
じわりじわりと土俵際に追い詰められていくような厨房の気配。
「さあ宮下、そろそろカウンターの調整をしてくれるか…」
そんな中、突如として響き渡る小男宮下の発令。

第 五 カ ウ ン ター 開 放!!


それは堰き止めていたダムの放流の発令に等しいーすなわち大量のオーダーが流入することは避けられない。
な、なんだとっ…」
「バカか...そんなことをしたら厨房がパンクしちまう‼︎」
「キャパオーバー…アウトッ…」
どよめく厨房


しかし、すでに店内もオーダー待ちの客で溢れていのだ。
アルバイトマネージャーとして営業理念に則り、オーダーを通すことを優先したのであった。
そこには小男宮下の満足気な表情があった。

案の定、数分後にはオーダーがモニターに映りきらない量に達していた。
ちらりと時計を見やるがまだ正午を少し過ぎたばかり。
次第に疲弊する厨房のスタッフ。
僕の積み上げていたビーフパティが威勢良く目減りしてく。
これからは防戦一方になってしまう。
それでも諦めず、僕はひたすらビーフパティを焼き続けた。

が、ハンバーガー工場の昼時は甘くない。
時折、モニターに表示される
テリヤキバーガー
こいつが曲者で、プレートの一枚をポークパティのモードで焼かなければならいのである。
しかも、焼き時間がビーフパティよりも20秒以上長いので、その間にみるみるビーフパティが消尽していく。
次第にストックの底が尽き始め、パティの奪い合いが製造ラインで起こり出す。
そうなったらもうお終いである。
一度躓くと製造ラインに必要なパティの枚数が焼きあがりよりも多くなり、
焼いた傍からパティを我先にと貪る製造ラインのスタッフたちはもはやゾンビである。
そしてついに

ビ ー フ パ テ ィ
 完 全 枯 渇 !!

滞る製造ライン。
わだかまる情情情
「あぁやってもたぁ…でもこんなんむりやん…この時間帯にどんだけパティ焼いても時給には何の影響もないやんけ、そもそもなんで俺、肉を焼いてんの?っていうか宮下が第五カウンターを開けるからやんけ…あぁもうええ、やめたいやめたい。ちゃうやん、でも焼かんと結局めっちゃ怒られて、そんなんいややん…だからどうしたって言うんです?…ちくしょう…ちくしょう…あの小男が客の回転を促すために内情を顧みず第五カウンターを開放したがためのこの結果じゃないですか!これを資本主義と呼ばずなんというのでしょう?というか、なんで急に標準語なんだろう僕…この資本主義の下、どいつもこいつもバカみたいに肉を食いやがって…メシ喰うな!!どうにでもなれ!あぁ、もう焼くもんか!!くにゃくにゃ…」
などと考えながら、実のところ職務を放棄するつもりなど毛頭なかった。
むしろ挫けずに焼かねばと決心したその瞬間である。

「前田さん、パティ全然足りないじゃないですか!!」
小男宮下が叫ぶ。
「今焼いてるから!」と懸命な返答をするが
「何やってるんですか、早くしてください!!」と小男宮下。
僕のわだかまる感情が一言に収斂し、小男宮下へ向かっていった。
「 資 本 主 義 か !!」
「 そ ん な こ と 今 は 関 係 な い で し ょ!!」
間髪入れず飛び出した小男宮下の一言。
いや、その男はもはや小男などではなく、威厳に満ちた立派な工場長宮下であった。
まごつく僕は「えっ…関係ないって…?ど、ど真ん中。資本主義のど真ん中…」と返すのが精一杯で、
「どうでもいいでしょ!もう変わってください!!」
と工場長から直々に左遷通告を受けた僕は速やかにその場を去った。
その後のことは何も覚えていない。

ただ押し寄せる人の波音と厨房の喧騒にも似た活気が店内に響いていた。
昼の盛りであった。

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*小男
小男宮下は当時20歳の僕よりも年下だがバイトのポジションは上だった。
と言うか僕がぬるぬるアルバイトをしていたからさっさとその立場を追い抜かれたのである。
真面目な彼をただ年下というだけで小男と呼んでしまう僕の方こそ間違いなく小男である

おわり

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